まっきーのニッキー

主に自分宛の毒を吐きます。

絶望一景

シャンプーしてもらってる時に、あー将来寝たきりになった時には、僕の生前棺桶となる愛しきベッドに、ヘッドスパの機能がついているといいなぁ。と思う。他にもたくさんの機能が欲しくなる。

シャンプーの時に目を閉じる。寝たきりになる時も、同じようにただ目を閉じたような状態でいたい。情報の欠けた世界は、贅沢な気分になれる。名前の分からない、いつか何かで見た綺麗な鳥もいる。水は透き通っていて、ちょうどよく冷たい。日差しは肌を撫でるように暖かい。寝たきりの人に、その日の気分なんてものがあるのかは分からないけども、気分によって、その時に都合のいい良い匂いもしてほしい。

親切さに狎れてしまって、折り合いをつける器量も無くて、すぐに人と会わなくなる。だから人以外に包まれて生きていたい。1人で何かを愛していたい。ラジオでも、映画でも、小説でも。人が作った人でないものに優しく埋もれたい。1年前よりも、1ヶ月前よりも、自分の手が小さくなった気がする。何も掴めない気がしてしまう。

焦って、外に目を向けて、季節を感じようとする。いつもある風景がそこにある。私はラジオで聴いた素晴らしい俳句の数々を思い出して、季節を感じようとする。しかし、「春。」おわり。自分には何もない。豊かな世界から、何かを受け取るための窓口というか、器量がない。何かを欲しがるあさましさしかない。

それに私が俳句を書いたとして、拙い知識で浅い感受性をそこに吐露したとして、書き殴ったとして、彼等は怒らないだろう。野球だとか、音楽だとか、その界隈の彼らなら私を強い言葉で糾弾し、地べたに茣蓙を敷いて、ウスノロはそこに座って指咥えて眺めておけ。と小さいながらも場所を用意してくれるだろうが、俳句の世界に生きる、彼らの世界に私の居場所はない。

あんまり、暗くしすぎると、酒では足りなくなって、人を傷つけてしまいそうなので、おわり。